研究フィードバック
2024年度卒業論文 研究フィードバック(6本)
①非行少年への共感と被害者への共感の程度が非行少年への偏見に与える影響
現代まで続く社会的な問題として、偏見が存在する。偏見には様々な要因が影響を与えていると考えられているが、その中に共感がある。共感と偏見の関連について調べた研究はいくつかあるが、その中には高い共感性と低い偏見との関連を示した研究があり(Boag & Willson, 2014)、共感が偏見を低減するという事が示されている。しかし、共感と偏見の関連を調べた先行研究では、誰に対しての共感が強いのかという部分には焦点を当てていない。我々は様々な人物に共感するが、相手との心理的距離によって共感性を発揮する程度が変わる傾向があるという事も分かっており(Hoffman, 2000)、共感と偏見の関連を調べる上では、共感を向ける人物が誰かということと偏見の程度の関連を検討することも重要であると考えられる。
そこで、本研究では非行少年への共感の高さと被害者への共感の高さが偏見の程度に与える影響について調べ、より強く共感している人物が誰かということと偏見の程度の関係を明らかにすることを目的とした。非行少年は社会的スティグマを受けやすい存在であり、偏見が再非行の可能性を高める要因になると考えられる。非行少年への偏見に関して検討することで、彼らへの偏見を低減する方法に関して新たな視点を見出すことが出来、再非行率の低下に貢献することが出来ると考えられるため、本研究での偏見対象は非行少年とした。また、非行少年と対になる共感対象として被害者を設定した。
本研究ではインターネット調査を行い、112名を分析対象とした。対象者別共感性尺度、象徴的障害者偏見尺度日本語版(SAS-J)を用いて非行少年への共感、被害者への共感、非行少年への偏見の3つを測定した。非行少年、被害者それぞれへの共感を平均値で高低に群分けし二元配置分散分析を行った結果、非行少年への共感の高低のみが非行少年への偏見に有意な影響を与えていた。重回帰分析の結果、非行少年への認知的共感は有意に非行少年への偏見を低めており、年代別の結果では40代のみが10代に比べて非行少年への偏見が有意に低かった。
本研究の結果から、非行少年への偏見には非行少年への共感の高低、とりわけ認知的共感の高低が影響を与えているという事が明らかになった。また、非行少年と近い年齢の子供がいる可能性のある40代のみ10代に比べて非行少年への偏見が有意に低かったことから、偏見対象に近い特徴を持った人物が身の回りにいるかどうかということが、偏見の程度に影響を与えている可能性も示唆された。これらの結果を踏まえると、今後は人々の非行少年への認知的共感を促し偏見を低減するために、教育の現場で学生に伝える、SNSやテレビ等のメディアを通して発信をするなど、非行少年の正しい実態や現状を伝えていく必要がある。
②メディアの信頼性が犯罪不安に与える影響の検討
本研究では,ソーシャルメディアを含む様々なメディアの信頼性が,犯罪不安に与える影響について検討することを目的とした。我々はテレビやソーシャルメディアなどを利用し,複数の情報源から社会全体の犯罪情報を得ている。これらのメディアは犯罪不安を生起させる要因に関連している可能性があるとされている(小俣・島田,2011;鳶島,2020)。そのため,社会的水準の犯罪情報を提供しているテレビやソーシャルメディアでも情報源の信頼性が高い場合に,犯罪不安も高まると予測した。
そこで,本研究では,大学生を対象にウェブアンケートを実施した。まず,調査対象者に架空の犯罪報道を記載した新聞(日本経済新聞・朝日新聞),テレビ(NHK・テレビ朝日),X(NHKニュース・個人のアカウント)の全六種類のうち一つをランダムに提示した。 記事は実際のメディアを用いて提示したのではなく,Qualtricsのアンケート上で文章によって提示された。どのメディアでも同じ内容の記事を読んだ後,荒井・吉田(2008)に基づき犯罪不安,および被害リスク認知,メディアの信頼性についてそれぞれ評価を求めた。最終的に回答の不備のない,大学生120名を分析対象とした。
メディアの信頼性が犯罪不安に及ぼす影響を検討するため,各メディアの信頼性および媒体の種類の参加者間の2要因分散分析を行った。その結果,メディアの信頼性の評定では新聞の方が有意にXより信頼性が高いことが明らかになった。一方で,犯罪不安および被害リスク認知において高信頼メディアと低信頼メディアの間に有意な差が確認されなかった。そのため,新聞の信頼性が高いほうがより,犯罪報道を読んだ後の犯罪不安も高まるとするKoomen(2000)の先行研究とは異なる結果となった。
これより,メディアに接触した対象が犯罪に対する不安を高めない可能性が示唆された。また,メディアの接触と犯罪不安の関連については,受け手の属性や他者の存在によっても変化するとされている。そのため,これらを考慮した犯罪不安の測定によってメディアの信頼性と犯罪不安との関連をより明確にすることができるだろう。今後は,年代別に各メディアの信頼性を調査すること,受け手の属性ごとに対処可能性を考慮した犯罪報道を作成することが重要だと考えられた。
③女子学生の推し活による協調的幸福感が自己調整学習方略に与える影響
本研究では、近年の学生の学習意欲が低下傾向にあるという問題に着目し、学生の学習行動を促進させる要因として推し活による協調的幸福感を挙げた。本研究の目的としては、推し活は他者の存在を通して協調的幸福感を高め、その協調的幸福感は学生の自己調整学習方略に影響を及ぼすこと、また、ファン行動と協調的幸福感および自己調整学習方略それぞれの直接的な関連を検討することとした。これまでの研究では、推し活が幸福感に与える影響や、幸福感と学習意欲の関連を明らかにしているが、推し活という特定の活動が協調的幸福感を媒介し、学習行動に与える影響については十分に検討されていない。そのため、本研究でファン行動と協調的幸福感、及び自己調整学習方略の三者間の関連を検討することで、学生の学習意欲を促進する新たなモチベーションモデルの提案に繋がると考えられる。
仮説としては、推し活は、推しやファン同士の関係を重視するという点から、協調的幸福感を感じやすいとした。また、他者との交流が多い学校に在籍している学生が感じることが多い幸福感は、協調的幸福感の可能性があり、この協調的幸福感が自己調整学習方略を身に付ける一助となり、学習意欲向上に繋がると考えた。
調査対象者は女子学生で、推し活の現状や、ファン行動、協調的幸福感、自己調整学習方略に関するアンケート調査を実施した。
結果として、推し活をしている女子学生は全体の8割以上であり、アイドルを推している人が最も多く見られた。次に媒介分析の結果、ファン行動と自己調整学習方略の間に協調的幸福感が媒介することは確認できなかった。また、ファン行動と協調的幸福感は独自で自己調整学習方略に与える影響も確認できなかった。しかし、情動調整方略においては協調的幸福感が学習者の不安や恐怖を軽減する可能性が示唆された。一方で、ファン行動と協調的幸福感が同時に高まる場合は、学習者の自己調整能力が低下してしまうことが示唆された。つまり、本研究における仮説は支持されなかった。
今後の課題として、推し活が学習行動に与える影響をより明確に理解するため、他の心理的要因を取り入れた研究の必要性が挙げられる。また、性別や年齢、推しのジャンル別、個人の環境などの違いを踏まえた研究をすることで、推し活が学習にプラスの影響を与えるメカニズムを明らかにできる可能性がある。
④親による言葉かけが女子大学生の承認欲求に及ぼす影響
承認欲求は誰しもが持つ心性であるが、過剰な承認欲求は個人間の人間関係、ひいては社会全体に不和を引き起こす可能性があるため問題とされている。承認欲求には異なる二つの側面があり、他者から肯定的な評価を獲得しようとする「賞賛獲得欲求」と否定的な評価を回避しようとする「拒否回避欲求」が存在する。特に日本では、他者からの否定的な評価を避ける傾向が強く、女性においてその傾向が顕著であることが示されている。承認欲求の形成には、児童期の親からの十分な評価や承認によって自尊心を抱かせることが必要となる。これまで、親の養育態度が子どもの人格や心理的発達に及ぼす影響については研究されてきたが、その具体的な手段としての「言葉かけ」に焦点を当てた研究は少ない。言葉かけは親子間の最も身近なコミュニケーション手段であり、親の態度を直接的かつ具体的に反映するものである。また、言葉かけは言葉を受け手がどのように理解したかが重要だとされている。そこで、本研究では言葉かけの受け手である子どもに焦点を当てて、親からの言葉かけが女子大学生の承認欲求に及ぼす影響を検討することを目的とした。子どもは親から評価されることによって承認欲求を充足させるため、親の養育態度が具体的に表出される言葉かけは承認欲求に影響する可能性があると考えられる。
本研究は、質問紙法によって調査を実施した。主たる養育者が母親であると答えた研究参加者が9割であったため、主たる養育者として母親を回答した女子大学生45名のみを分析対象とした。調査では、児童期の言葉かけについて6つの具体的な場面を提示して自由記述形式で回答を収集した。また、承認欲求についての調査には賞賛獲得欲求・拒否回避欲求尺度を用いた。調査によって得られた言葉かけを「感謝」「受容」「否定」「介入」「統制」の5つに分類した。その後、回答内容を点数化し、参加者を「高受容群」「積極的受容群」「積極的介入群」「統制群」の4群に分類した。賞賛獲得欲求・拒否回避欲求の群間差を調査するために、分散分析および事後検定を実施した。
結果として、賞賛獲得欲求には有意な群間差が見られなかったが、拒否回避欲求では有意差が確認された。特に「積極的介入群」は「積極的受容群」と比較して拒否回避欲求が高い傾向があった(p = 0.07)。これによって、介入の言葉かけが頻繁に行われることで、子どもが自己信頼を失い、否定的な評価を回避しようとする傾向が強まる可能性が示唆された。
⑤20歳未満の者の飲酒に対する成人の寛容さに関連する要因についての検討
本研究では、20歳未満の者による飲酒に対する寛容さについて、先行研究で調査されなかった性格特性、子どもの有無、子どものきょうだいの有無と成長段階、調査協力者の年代による違いについて検討することを目的とした。分析対象者は20歳以上の成人であった。
分析の結果、20歳未満の者による飲酒に対する寛容さと性格特性には関連がみられなかった。またt検定を行なった結果、開放性において低群より高群のほうが許容得点が高いことが分かった。次に子どもの有無によるt検定を行なったところ、子どもがいない群よりいる群のほうが許容得点が有意に低いことが分かった。そして成人している子を持つ親と成人していない子を持つ親に分けてt検定を行なった。結果、成人している子を持つ親より20歳未満の子を持つ親のほうが有意に許容得点が低いと分かった。きょうだいの有無によるt検定、成人しているきょうだいがいる群と20歳未満のきょうだいしかいない群によるt検定を行なった結果、どちらも有意な差はみられなかった。また、一人っ子で成人している群と20歳未満の群に分けてt検定を行なったところ、成人している群よりも20歳未満の群のほうが、有意に許容得点が低いことが分かった。年代による一要因分散分析を行なったところ、30代、40代、50代よりも20代、60代のほうが、有意に許容得点が高いことが分かった。
以上の結果から、性格特性は20歳未満の飲酒に対する寛容さに関連がないことが示された。これにより性格特性よりも規範意識や国、地域特性といった側面が影響していることが考えられる。また、開放性について高低群で有意差がみられたが、理由が明確になっていないことに加え、使用した性格単語が少なかったため、正確な分析結果ではないと考えられる。さらに子どもの有無によって許容得点に違いがみられることにより、子どもの有無が20歳未満の飲酒に対する寛容さに影響を与えることがわかった。また、子のきょうだいの有無による許容得点の違いについて分析した結果、有意な差はみられなかったことから、20歳未満の飲酒に対する寛容さにはきょうだいの有無や成人しているきょうだいの有無は関係なく、家族全体で共有されているものであると考えられる。また、一人っ子の中で成人している子を持つ親と20歳未満の子を持つ親で寛容さの分析を行なった結果、有意差がみられことは20歳未満の子を持つ親は子どもに与える悪影響を懸念しているが、子が成人するとそういった感覚が薄れることが考えられる。年代別では、30代、40代、50代よりも20代、60代のほうが、有意に許容得点が高いことが分かった。20代と60代の特性から、年代よりも子どもの有無が20歳未満の飲酒に対する寛容さに影響していることが示唆された。
⑥否定的養育態度による自己制御能力を介した社会的迷惑行為の影響の検討
本研究は、否定的養育態度(過干渉、非一貫性、厳しい叱責・体罰)が子どもの自己制御能力や社会的迷惑行動に与える影響を明らかにすることを目的とした。否定的養育態度は、自己制御能力を低下させ、社会的規範に反する行動を引き起こす要因とされており、特に自己制御能力の低下が社会的迷惑行為に繋がる可能性が指摘され、このことから因果関係が示唆されている。特に、厳しい叱責や体罰は、子どもの感情調整を妨げ、自己制御能力を低下させることが明らかにされている。さらに、過干渉は子どもの自立性を妨げ、社会的適応に長期的な影響を及ぼす可能性がある。
本研究は、Googleフォームを使用し、15歳から25歳の生徒・学生を対象にアンケート調査を実施した。調査項目には、親の養育態度、社会的迷惑行為、自己制御能力などを含む質問が含まれており、データはRを使って分析された。その後、因子分析により、否定的養育態度は「過干渉」と「理不尽(非一貫性と厳しい叱責・体罰)」の2因子に分類された。また、自己制御能力と社会的迷惑行為に対する影響を検討した結果、理不尽な養育態度は社会的迷惑行為に直接的な影響を与えることが確認されたが、自己制御能力を通じた影響は確認されなかった。また、過干渉な養育態度は両方に影響を与えていないという結果になった。この結果から、理不尽な養育態度は社会的迷惑行為に自己制御能力を媒介せずに影響を与えることが示唆された。また、過干渉な養育態度の影響については限定的であると考えられる。自己制御能力は社会的迷惑行為に対して有意な影響を持たなかったが、理不尽な養育態度が自己主張や感情抑制に影響を与えている可能性があることが示された。
本研究の課題としては、否定的養育態度が自己制御能力を通じて社会的迷惑行為にどのように影響を与えるのかを解明することが必要であり、今後は因果関係を明確にするためにパス解析などを用いた詳細な分析が求められる。また、否定的養育態度から社会的迷惑行為に及ぶ要因として、自己制御能力に加えて複数の心理的・社会的要因が社会的迷惑行為に及ぼす影響を総合的に検討する必要がある。
2023年度卒業論文 研究フィードバック(6本)
①いじめ場面における仲裁行動に関連する要因の検討
現在の日本では、いじめの対策教育の具体的な指導は各学校に任されている。しかし、学校ごとにプログラムを作成するのは時間がかかり、効果検証も出来ないため、全国で統一的に実施ができるいじめ対策教育プログラムを作成し導入する必要がある。これまでいじめの傍観者を仲裁者に変容させることが、いじめの抑止につながると指摘されてきた。そのため、プログラムを作成するにあたり、傍観者を仲裁者に変容させるための要因の検討を行う必要がある。また、いじめを目撃した第三者が他者に相談することや被害者支援をすることもいじめを減少させるためには必要なことである。そのため、本研究では仲裁行動、傍観行動、相談行動、被害者支援行動に、仲裁行動との関連が指摘されてきた自尊感情、共感的関心、学級風土が影響を及ぼすのかを検討した。
本研究は、ウェブアンケートを実施し中学生や高校生の頃について回顧法で質問を行った。いじめ場面において仲裁、相談、被害者支援、傍観(行動の意思あり)、傍観(行動の意思なし)を行った118名を分析対象とした。また、東京都版自尊感情尺度、新版中学生用学級風土尺度、多次元共感尺度の「他者指向反応」を使用し自尊感情、学級風土、共感的関心をそれぞれ測定した。
いじめに対する態度を目的変数とし、仲裁行動に関連していると考えられる要因(学級活動への関与、生徒間の親しさ、学級内の不和、学級への満足感、自然な自己開示、学習への志向性、規律正しさ、自己評価・自己受容、関係の中での自己、自己主張・自己決定、共感的関心)を説明変数として危険率5%の有意水準でロジスティック回帰分析をした。その結果、仲裁行動には「自己評価・自己受容」が正の影響を及ぼしていた。また、相談行動には「自己主張・自己決定」が正の影響を及ぼすと共に、「学級内の不和」が負の影響を及ぼしていた。傍観行動(意思なし)には、「自己評価・自己受容」が負の影響を及ぼし、「自然な自己開示」が正の影響を及ぼしていた。
本研究の結果から、今後いじめ対策教育プログラムを作成する際には、仲裁行動に正の影響があり、傍観行動(行動の意思なし)に負の影響があった「自己評価・自己受容」を高めることを重視する必要があると分かった。この要因を重視した上で日本に合わせたいじめ対策の教育プログラムを開発し、試験的な実施をしながらその有効性を実証していくことが今後求められる。
②インターネット上のコメント分析による性犯罪被害者への非難・偏見の検討
本研究では、実際の性犯罪事件に対するインターネット上のコメントを質的に分析し、性犯罪や性犯罪被害者への非難や偏見について検討することを目的とした。分析対象は、女性ジャーナリストの性被害、陸上自衛隊内での性被害、ジャニー喜多川による性加害の3件の性犯罪事件に関するYahoo!ニュースの記事やYouTubeの動画に付与されたコメントであった。樋口(2020)のKH Coderを使用してテキストマイニングを行い、具体的には共起ネットワーク図と頻出語リストを作成することで、コメントで使用された語の分析を行った。なお、取り上げた3件の事件はコメントが100件以上付与されていることや、分析する事件に男性・女性どちらの被害者も取り入れるといった基準で選定した。
まず、被害者への否定的なコメントに対する結果と考察について、事件1では被害者がハニートラップであると断定するコメントが複数見られた。これは、分析に用いた動画が公開された時点で裁判では性被害が確定していないことや、レイプ神話の「ねつ造」が人々の中に存在していたためであることが推測された。事件2では被害者が起こした訴訟について「金目当てか」と述べる者が複数いた。また、事件3では被害の告発の時期について「卑怯」だと述べる者が複数いた。これらの言葉は被害者への誹謗中傷となり、被害者が被害を訴えにくくなったり自殺の原因になったりすると考えられた。加えて、事件3では「枕営業で仕事が貰えるのだから仕方が無い」と、芸能人の性被害を犯罪として認めないコメントが複数見られた。
次に、3件の事件に共通して使用された語に対する考察について、「被害」や「犯罪」といった犯罪事件に特有の語のほか、「日本」や「社会」も用いられた。事件1と事件2では「日本の女性」を意識した人が多かったと推測され、被害者を「男女格差の大きい日本で、泣き寝入りすることの多い性被害を告発する女性」として捉えたことが示唆された。また、事件2では「日本社会に隠蔽体質が蔓延している」という批判が多く、事件3では「日本のメディアが忖度している」という批判が多かった。以上より、性犯罪事件を通して日本社会の問題を提起する人が多かったと推測された。加えて、「勇気」も共通して使用されたことから、被害者3名の行動に対して肯定的な意見を抱く者も多かったと考えられた。
最後に、本研究の限界点として、コメント数の問題で被害者の顔と名前が非公開の事件を選定できなかったこと、コメント投稿者の性別や年齢が非公開だったこと、性犯罪事件の一般化は容易ではないことが挙げられた。今後は、別の媒体を利用することや、一般化に限らず各事件の特徴を踏まえた上で比較することが重要だと考えられた。
③両親の夫婦間葛藤及び両親の夫婦関係に対する青年の主観的評価が青年の恋愛イメージに与える影響の検討
近年少子化が進み, 日本社会における大きな問題の一つとして挙げられている。この少子化の原因として, 女性の社会進出や個人の心性といった様々な要因による婚姻率の低下や晩婚化・非婚化が考えられる。また近年, 青年の恋愛観にも変化が見られる。従来の青年研究では, 青年期に入ると異性への関心が高まり, 恋人を欲しいと思うようになると指摘されてきたが, 近年は「恋人がいないかつ恋人を欲しいと思っていない」青年の存在に注目が集まっている。このような青年に見られる結婚や恋愛への消極的な態度の原因として, 家族関係や両親の夫婦関係に注目した研究が先行研究において行われてきた。そこでは両親の夫婦関係は青年の結婚観や将来のパートナー関係に消極的なイメージを抱かせる可能性が示唆された(斎藤, 2012)。また代理強化のメカニズムに基づいた先行研究では, 従来の研究では扱われなかった両親の夫婦関係に対する青年の主観的評価を取り入れ検討が行われた(山内・伊藤, 2008)。すなわち, モデルが当該行動をとることによって生じる結果を観察者がポジティブなものであると評価すれば, 観察者はその行動を遂行するようになるが, 一方でネガティブなものと評価した場合, その行動は抑制される。この点に関して, 青年が親に対して愛情や尊敬を感じるほど, 親に対する同一視が強くなること, 両親の夫婦関係の良好性が青年の恋愛関係に影響を与え, その影響の強さは両親の夫婦関係に対する青年の主観的評価によって異なることが示された。
そこで本研究の目的は, 両親の夫婦間葛藤に焦点を当て, また両親の夫婦関係に対する青年の主観的評価を取り入れ, 青年の恋愛観に与える影響について検討することとした。両親に夫婦間葛藤が多く見られ, 両親の夫婦関係が良好なものと客観的に見られない場合であっても, 青年が両親の夫婦関係をネガティブに捉えていなければ, 青年の恋愛観にネガティブな影響は見られないと考えられる。
各変数間の関連を検討するため, ピアソンの相関係数を算出した結果, 両親間葛藤認知尺度の下位尺度と恋愛イメージ尺度の下位因子の間に相関は見られなかった。また両親の夫婦関係に対する青年の主観的評価において高群と低群にわけ, 青年の恋愛イメージについて各変数間でt検定を行った結果, 「大切・支え」因子及び「相互関係」因子において低群より高群の得点が有意に高かった。さらに性差による恋愛イメージの違いについて検討するためt検定をした結果, 「相互関係」因子において男性群より女性群の得点が有意に高かった。
これらの結果から, 青年による両親の両親間葛藤認知は青年の恋愛イメージには関連がないことが示された。これにより葛藤という側面の他にも, コミュニケーションの質や親密性など, その他の諸側面が青年の恋愛イメージに影響を与える可能性が考えられた。また両親の夫婦関係に対する青年の主観的評価の高低によって青年の恋愛イメージに違いが見られることが示された。これにより, 両親の夫婦関係に対する青年の主観的評価が高いほど青年の恋愛イメージにポジティブな影響を与えることがわかった。これは先行研究で示された代理強化のメカニズムによる影響と同様の結果が得られたといえる。さらに性差による恋愛イメージの違いについて検討した結果, 「相互関係」因子において男性より女性の方が有意に高い得点が得られた。この結果から, 恋愛イメージにおいて男性女性の間に少なからず差が見られることがわかった。
④親の養育態度により生じた被排除状態が非行に与える影響
全国の児童相談所が対応した児童虐待相談件数は年々増加の一途をたどっており、令和4年度中の相談対応件数は過去最多の219,170件に達した。また、非行少年の中には被虐待経験を有する者が一定数いることから、虐待が非行に何らかの影響を与えていると考えられる。その要因の一つとして考えられるのが、社会的排除である。社会的排除を経験すると、所属欲求が阻害され、状態自尊心が低下することが示されている。その後に向社会的な反応を示すか、反社会的な反応を示すかは、自己調整能力とパーソナリティ要因(特性自尊心、拒絶過敏性、自己愛)によるとされている。親からの虐待による孤立感や周囲への不信感は、社会的排除と同じような被排除感を作り出してしまうと考えられる。そこで、本研究では、被虐待経験により生じた被排除状態が非行に与える影響を検討することを目的とした。もし虐待により社会的排除と同様の孤立感が生じるのであれば、虐待が所属欲求に、所属欲求が状態自尊心に、状態自尊心が非行に影響を与えると予想される。
18~30歳までの男女103名に対して、質問紙法により、親の養育態度、所属欲求、状態自尊心、自己調整能力、特性自尊心、拒絶過敏性、自己愛、非行傾向を測定した。その後、各尺度に対して因子分析を行い、因子構造を確認した。そして、因子ごとに標準化得点を算出し、仮説に基づいたモデルについてパス解析を行った。その結果、親の養育態度が所属欲求に有意な弱い正の影響を、特性自尊心が状態自尊心に有意な中程度の正の影響を、拒絶過敏性が状態自尊心に有意な中程度の負の影響を与えていることが示された。
仮説モデルの一部分しか有意な影響を確認できなかったことから、不適切な親の養育態度により生じる孤独感、孤立感が社会的排除感を作り出し、最終的に非行に影響を与えるという仮説は支持されなかった。これにより、親の養育態度と社会的排除の関連は示されなかったと言える。
本研究の限界点として、一時点の質問紙調査であったため、各変数が他の変数にどのような影響を与えているかについてまでしか言及できなかったことが挙げられる。今後、非行に至るまでの経時的なプロセスを理解していくためには縦断的研究が求められる。しかし、そのような限界点はありながらも、本研究は親の養育態度と社会的排除の関連の有無を明らかにした点で意義がある。
⑤ファン心理と精神的健康を指標としたファン層の検討
近年「推し」活動をする若者が急増している。「推し」活動は、先行研究から精神的健康にポジティブに影響するものとされてきた。その一方で、「推し」に対して熱狂的で過剰な応援をするファンは、「推し」に対する感情を引き金とした、ストーカー行為や後追い自殺など様々な問題を起こすことがある。ファン心理にはそれぞれ特性があり、同じように強いファン心理を抱いていたとしても、精神的健康に差が見られることが示されてきた。
本研究では、「推し」活動を行う人々のファン心理が精神的健康に及ぼす影響について、主観的幸福感尺度と自尊感情尺度を用いてファン層の観点から検討することを目的とした。研究にあたって、Googleフォームによるアンケート調査を行った。尺度には小城(2018)の「ファン心理尺度改訂」、ローゼンバーグの尺度をもとに表現の修正を行なった桜井(2000)による「自尊感情尺度」と伊藤・相良・池田・川浦(2003)の「日本語版主観的幸福感尺度」であった。
その結果、自尊感情尺度得点では有意な差が見られなかった。一方で、ファン心理尺度の総得点と主観的幸福感尺度得点を用いて行った階層的クラスター分析の結果、「ネガティブ・ファン層」「一般的ライト・ファン層」「熱狂ファン層」「無関心層」の4群に分類された。「ネガティブ・ファン層」と「熱狂的ファン層」ではそれぞれ熱狂因子得点が高く、同じように「推し」に熱狂しているものの、その主観的幸福感尺度得点に大きな違いが見られた。中でも、「ネガティブ・ファン層」では、「推し」によって代替的に不足している幸福感を満たそうとしている可能性が考えられた。
一方でファン心理尺度得点の高さに違いがあるものの、精神的に健康な「熱狂的ファン層」と「一般的ライト・ファン層」では、「推し」に対するネガティブな執着や固執は少ないことが考えられ、余暇活動としての充足感を得て精神的健康に寄与していると予測された。
また、ファン心理尺度下位因子を調べると、ファン心理の高さに関わらずどの群であっても「作品への評価」「外見的魅力」「ファン・コミュニケーション」を特に大切にしていることがわかった。
⑥大学生における完全主義傾向と自我同一性の関連の検討
完全主義が発達する仕組みとして親など周囲の人たちから学習すると考えられている。しかしながら、児童期に親など周囲の人たちから学習して性格傾向としての完全主義を形成していたとしても、成長するに連れて自らが完全な存在ではないことに気づき始め、次第に完全主義が薄まっていくと考えられる。ではなぜ青年期に至っても完全主義の傾向を持つ人はいるのか。青年期に至っても完全主義を継続させている人は、「完全でありたい」という理想の自己と、完全ではない現実の自己との間にズレを感じていると考えられる。
本研究は、青年期に至っても完全主義の傾向を持つ人に焦点を当て、完全主義と自我同一性との関連を検討することを目的として、18歳から30歳までの青年期にあると考えられる者125名(男性43名, 女性81名, 無回答1名)を対象に、完全主義と自我同一性を測定するアンケート調査を実施した。
結果、「自己斉一性・連続性」は、完全主義尺度の「完全欲求」と「行動疑念」において有意な正の相関が見られた。また、「自己斉一性・連続性」は、完全主義尺度の「失敗過敏」において有意な負の相関が見られた。「対自的同一性」は、完全主義尺度の「完全欲求」と「高目標設定」において有意な正の相関が見られた。「対他的同一性」は、完全主義尺度の「高目標設定」において有意な正の相関が見られた。また、「対他的同一性」は、完全主義尺度の「失敗過敏」において有意な負の相関が見られた。「心理社会的同一性」は、完全主義尺度の「高目標設定」において有意な正の相関が見られた。また、「心理社会的同一性」は、完全主義尺度の「失敗過敏」において有意な負の相関が見られた。
仮説として、完全主義の傾向が高い人ほど、「自己斉一性・連続性」、「対自的同一性」、「対他的同一性」、「心理社会的同一性」が低いと予想したが、結論として、完全主義の「失敗過敏」以外においては、仮説は支持されなかった。これは、完全主義者が「すべき」と考えることと「したい」と考えることがほぼ一致していたからであると推測する。もしくは、完全主義者が「すべき」と考える超自我も自分のうちであると考えていたからであると推測する。「失敗過敏」においてのみ仮説が支持された理由としては、「完全欲求」や「高目標設定」がどれくらい完全性を求めるかまたは、どのように完全性を求めるのかを測定しているのに対して、「失敗過敏」はどれくらい失敗を許せるかを測定しており、異なるものを測定していた可能性がある。
2022年度卒業論文 研究フィードバック(5本)
「キャラ」を介した付き合い方が友人関係に与える影響について
本研究では、現代青年の友人関係において焦点があてられるようになった「キャラ」についての研究を行った。「キャラ」とは特定のコミュニティの中で振る舞われる仮の自分らしさのことを指す。その中でも大学生のパーソナリティと特定のグループの中で用いられるキャラについてどういった関係があるのかを調査することを目的とした。仮説として、①キャラを受動的に受け入れている人は集団から疎外されたくないためにキャラを受け入れて浅いレベルの自己開示に留まる、②キャラを能動的に受け入れている人はそのキャラを積極的に押し出して友人と付き合い、深いレベルの自己開示ができるという 2つを設定した。 大学生 86 名(男性 42 名,女性 43 名,無回答 1 名)に Google フォームによる調査アンケートを実施した。キャラ化測定尺度について因子分析を行い、先行研究と同様の「キャラの受動性」と「キャラの能動性」の 2 因子構造とした。次に小塩(1998)と丹羽・丸野(2010)の先行研究と比較するために得られた尺度得点と先行研究の尺度得点について対応のない t 検定を行った結果、自己愛尺度の自己主張性を除いて有意な差が見られ、注目賞賛欲求と自己開示が先行研究より低い結果が得られた。
尺度間の関連を調べるために相関分析を行った結果、「キャラの受動性」は「自己開示尺度」のレベル 3、レベル 4、「親和動機尺度」の拒否不安、「友人関係尺度」の気遣い因子において有意な正の相関が見られた。「キャラの能動性」は「自己愛尺度」の注目賞賛、自己主張、「自己開示尺度」のレベル 1、レベル 2、レベル 4、「友人関係尺度」の親和傾向、群れ因子に有意な正の相関が、「友人関係尺度」のふれあい回避因子に有意な負の相関が見られた。また、重回帰分析を行った結果、「親和動機尺度」の拒否不安がキャラの受動性に有意な影響を、「友人関係尺度」の群れがキャラの能動性に有意な影響を与えていた。以上のことより仮説は示唆されず、キャラを受動している人ほど、今のグループから疎外されたくないために自己開示が深くなり、キャラを積極的に押し出している人ほど、本来の自分が出せないため自己開示が浅くなると考察した。
今後の展望としては、対面での自己開示に加え、インターネット上における自己開示の違いを明らかにすることで、より現代青年の友人関係の理解につながると期待できる。
刑務所出所者に対する知識がスティグマ及び社会的距離に及ぼす影響
本研究は、刑務所出所者に関する知識の付与が、彼らに対する否定的イメージ及び社会的距離に与える影響について検討することを目的とした。また、付与される知識の種類により、否定的イメージ及び社会的距離の変化の差異について検討することを目的とした。
質問紙法により調査し、尺度は、坂田・川島 (2021)の「刑務所出所者に対するスティグマ尺度」及び、中根・吉岡・中根(2020)の「社会的距離尺度」を用いた。また、先行の議論や研究に基づき、呈示する知識の種類をポジティブ統計、ネガティブ統計、ポジティブ事例、ネガティブ事例の4つに分け、調査協力者にはそのうち1種の知識を呈示した。統計群は法務省(2021)の犯罪白書を基に作成し、認知件数や再犯率についての記述と、犯罪に関する過去と現在のデータを比較し、現状についてそれぞれポジティブな観点、ネガティブな観点から記述した。一方、事例群には、法務省(2019)の再犯防止推進白書や刑務所出所者に関するネット記事を参考に架空の事例を記述した。内容としては、ある少年が少年院を出院し、その後どのように生活したかが書かれている。その後について、ポジティブ群では少年が社会復帰を果たし、ネガティブ群では再犯し逮捕されたと記述した。
2要因混合計画の分散分析を行った結果、ネガティブな統計情報を呈示した群は否定的イメージを有意に増加させ、ポジティブな事例情報を呈示した群は否定的イメージを有意に減少させることが示された。加えて、否定的イメージの下位因子である「危険視因子」の得点は、ポジティブ統計群、ポジティブ事例群において、有意に減少することが示された。また、社会的距離はどの群の情報が呈示されても、有意な変化はみられなかった。
これより、ネガティブな統計情報に基づいた刑務所出所者に関する知識の付与は、刑務所出所者に対する否定的イメージを強め、ポジティブ事例に基づいた知識の付与は、否定的イメージを弱めると考えられる。また、ポジティブな統計情報や事例に基づいた知識の付与は、彼らを危険視するイメージを弱めると考えられる。一方、刑務所出所者との関わり方については、知識の付与が影響しない可能性があることが示された。今後の課題としては、第一に時間が経過しても知識付与の効果は継続するのか検討すること、第二に刑務所出所者について中立的なイメージを捉えるためにポジティブな質問項目について検討すること、第三に社会的距離の質問項目をより充実させることの三点が挙げられる。
性暴行中において性被害者男性が示す性的反応に対する第三者評価の検討
性犯罪は男性も被害者となる可能性があるものです。男性が被害者となる性被害は、男性の報告数の少なさや研究の数の少なさにより周知されていない事が問題となっています。性被害を受けた男性は、射精や勃起などの、一般に性的快感を表す際に表出される反応を示すことがあります。この性的反応は単なる生理的反応に過ぎませんが、被害者非難を助長する誤った推測につながると考えられます。そこで本研究は、被害者非難を助長すると考えられる勃起や射精等の性的反応が性別ごとの第三者評価にどのような影響を与えるのかを検討することを目的として実施されました。
方法は、男性がレイプされる内容の架空のシナリオを作成し、シナリオに対する被害者への評定を尋ねる質問紙を用いて、大学生を対象として質問紙調査を行いました。方法は縁故法とキャンパス内の大学生に直接アンケートを配布する方法を採用しました。実験計画は、参加者の性別(男 vs 女)×被害者の性的反応(有り vs 無し)の二要因混合計画でした。因子分析を行った結果、因子構造は性的反応なし条件と性的反応あり条件において、共に3因子構造が確認されました。しかし、下位因子構造が異なったため、いずれの下位因子においても十分な内的整合性が確認された性的反応なし条件の因子構造を採用し、分散分析を行いました。その結果は、いずれの下位因子においても有意な差は確認されず、先行研究とは異なり、本研究の仮説を支持しないものとなりました。
考察においては、本調査の回答者であった大学生集団の年齢の若さと教育水準の高さという特徴が、被害者非難に抑制的に影響したことを示す先行研究の知見を援用し、本研究においても同じような作用が働いたと考察しました。加えて、本研究の回答者集団の性暴力への評価傾向についても論じました。
最後に本研究の限界は、性的反応に対するフィードバックを質問紙の最後の項目に記したこと、調査対象として大学生サンプルを採用したこと、加害者が主体となって性加害を行うヴィネットを作成したことが挙げられます。よって、今後は、性的反応に関するフィードバックを実験の操作に加えること、年代別や教育水準などの変数を設け回答者を募ること、肛門への挿入被害以外の様々な加害状況を設定して被害者非難の強さを調べる事が課題となると考えられました。
抑うつが衝動性、攻撃性を通して攻撃行動に与える影響の検討
ストレスは、人の心身に大きな影響を与える。その一つとして、ストレスによって引き起こされる抑うつ状態が挙げられる。抑うつ状態とは、ストレスなどによって気分が落ち込み、その結果として活動性が低下し、心身に不調が表れる状態のことを指す。また、この抑うつは気質特性を通して人の感情、意思決定などに影響を与えると考えられており、例えば、衝動性、攻撃性などは抑うつによって影響を受けることがわかっている。つまり、抑うつ傾向が高い人ほど衝動性、攻撃性が高くなるということである。また、衝動性と攻撃性の2つは攻撃行動の生起に関与していることが先行研究において示されていた。このことから、本研究では、抑うつが攻撃性、衝動性を介して攻撃行動の生起に影響を与えるのではないかと予想し、それを検討することを目的とした。
これらを検討するにあたって、本研究では各概念の測定にいくつかの質問紙を用いた。まず、抑うつの測定にはベック抑うつ尺度(BDI)を、攻撃性の測定にはバスペリー攻撃性質問紙(BAQ)の下位概念である短気・敵意を用いた。そして、攻撃行動の測定には、同じくBAQの下位概念であり、攻撃の表出を測定する身体的攻撃・言語的攻撃、そして日常的攻撃行動尺度を用い、衝動性の測定には遅延報酬課題を用いた。日常的攻撃尺度については、因子分析の結果、直接的攻撃行動と間接的攻撃行動という2因子の構造になっていることがわかった。
これらの変数はパス解析によって分析され、仮説に沿ったモデルを用いてそれぞれの変数間の関係を検討した。その際に、モデルの適合度が十分に上がるまで、独立変数と従属変数間において値の低いパスを消去した。その結果、得られたモデルでは抑うつは短気、敵意に有意な影響を与えていたものの、衝動性には影響を与えていなかった。また、短気は直接的攻撃行動、間接的攻撃行動、身体的攻撃に有意な影響を与えており、敵意、衝動性も有意な強さではなかたものの間接的攻撃行動、身体的攻撃に影響を与えていることが示された。これらのことから、仮説は一部支持されたことがわかった。
これらの結果から、抑うつが攻撃行動を促進させる際には、その間にある攻撃性、特に短気が大きな影響を与えているという可能性が示された。このことから、怒りの表出に関わる短気は、直接的、間接的に関わらず、攻撃行動に広く影響を与えていると考えられた。また、今回その影響を受けていた攻撃行動の中に、集団内の仲間外れや陰口などのいじめのような内容の行動を含む間接的攻撃行動があったため、抑うつによって引き起こされる攻撃行動は、こうした内容の攻撃のメカニズムも説明している可能性が示唆された。そのため、今後は間接的な攻撃行動にも視野を広げる必要があると考えられた。
自己受容・他者受容を指標としたコロナ禍における大学生の友人関係の変化の検討
自己受容と他者受容は良好な人間関係の重要な要因となる。良好な自己受容の状態にある者は対人関係を自分の利益中心に考えないことや、対人場面において自己の立場をはっきりとさせることができ他者の立場を尊重できることが示されている。さらに他者受容も他者や社会との調和の志向に関連する極めて重要な概念であり、他者受容が高いことは社会への適応性が良いことにつながる。そして大学生にとって、この自己受容と他者受容を促進する働きを持つ重要な居場所として友人関係が挙げられるが、先行研究から大学生の友人関係は表面的な関係にとどまっており自己受容と他者受容ともに促進されていないと予測されていた。しかし、2020年から世界で爆発的に感染拡大をした新型コロナウイルスにより近年この大学生観が変化していった可能性が考えられる。新型コロナウイルス感染症が招いた危機的状況下(以下コロナ禍とする)において、全世界に多大な社会的・経済的な影響を及ぼした。各大学においても臨時休校の措置や対面授業から遠隔授業への転換が行われた。ほとんど大学に立ち入らなくなったコロナ禍では、授業中や食事の際の会話、授業前後の談笑といった授業以外の場所でも大学生が友人とコミュニケーションをとる機会が減少した。そして直接人と会うことがない代わりに、不特定多数を相手にせず、特定の友人と連絡をとることができるSNSの利用が増加していった。
そこで本研究ではコロナ禍によって大学生の友人関係がどのように変化しているかということと、その友人関係にはどのような自己受容と他者受容の特徴があるかを検討した。本研究では、SNSを通じて自分から積極的に連絡をとりたいと思うような一部の友人らとはメッセージやビデオ通話でコミュケーションをとっていると予想する。よってコロナ禍において大学生は少人数の深い関係の友人のみと交友し、狭く深い友人関係を築いていると仮説を立てた。
結果、コロナ禍の大学生は狭く深い友人関係を築いていた。また友人関係の浅い-深いについては自己受容と他者受容ともに関連が見られず、狭い-広いについては自己受容の得点が他者受容より有意に高いと全方向的な広い付き合い方となり、自己受容と他者受容に差がなくバランスが均衡であると選択的な狭い付き合い方となった。狭い友人関係の仮説が支持されなかったことについて、調査時の生活様式が仮説生成時に想定したコロナ禍のピーク時の生活様式からさらに変化していったためだと考える。文部科学省(2021)は全国の大学などを対象に21年度後期の授業方針を調査では約83%の964校が「授業の7割以上を対面の予定」と答え、2022年12月現在はほとんどの大学が対面授業を中心に運営している。そのため大学生は対面の授業が再開した2021年の後期から調査実施までの約1年間で大学内でも親しい友人を広く確立することができたため広い友人関係を築いたと考える。
2021年度卒業論文 研究フィードバック(6本)
性的指向と性別が与える被害者非難への影響
本研究では、評定者の性別、被害者の性的指向の差異によって、第三者による加害者・被害者への評価はどのような影響を受けるのかを、先行研究の結果を踏まえて比較検討することを目的とする。 また、性的マイノリティに対する知識、受容度が同性愛者への性被害非難と関連があるのかも合わせて調査を行った。その結果、現代社会の若者たちにも伝統的性役割観を持ちうる可能性が示唆された。第三者が被害者へと責任を帰属すること、そして被害者の性的指向や性別といった諸要因が、被害者非難の意識へと影響を及ぼすメカニズムを解明していくことは、第三者による二次被害や性的マイノリティに対する差別意識を浮き彫りにし、それらを解消していくことが期待される。
ユーモアによる不安軽減効果の検討
本研究では、ユーモアの本質を解明するとともに、ユーモアの受け手側の研究を進めることを目的とし、二つの仮説を立てた。一つ目は、ユーモアの受け手側はユーモア表出者による「ユーモア」によって、社会不安は軽減されるのではないか、ということである。また二つ目は、不安になりやすさを示す特性不安の得点が高い人ほど、社会不安が軽減される割合も大きいのではないか、である。アンケートの結果、ユーモアによって社会不安が軽減される一つ目の仮説は支持され、社会不安が軽減される割合に差はなかったことから二つ目の仮説は支持されなかった。
第三者知覚とネット依存の関係
一見人々の生活に役立たせるように見えるインターネットの中にもさまざまな危険が内在しており注意が必要である。先行研究より「自分は他者と比較してネット・SNS利用においてトラブルに巻き込まれにくい」と認知する第三者知覚の存在が示されており、本研究では、インターネット依存とTwitter利用における第三者知覚の関連があるかについて検討した。結果、Twitter利用に関する第三者知覚は見られたが、インターネット依存との関連は見られなかった。理由として、Twitterを除くその他のSNSに大きく依存し高頻度で使用しており、Twitterも利用しているような参加者がいた可能性を考えた。
青年期の友人・親子関係が問題行動に与える影響の検討
本研究では、親子・友人関係が問題行動にどう影響を与えるかについて検討した。 調査は質問紙(Google Form)を用いて行った。調査参加者は男性20名、女性53名であった。尺度は安生(2016)が作成した非行尺度を参考に再作成した問題行動尺度と岡田(1995)の友人関係尺度と姜(2019)の親子コミュニケーション尺度を使用した。
相関分析と重回帰分析を行った結果「お互いの内面をさらけ出すような関係ではなく距離感を保った関係であるほど問題行動が少なくなる」「親との会話で不愉快に感じるほど問題行動の頻度が多くなる」という結果となった。
緊急場面における援助行動と傍観者効果について
本研究では、緊急場面において、人を助ける援助行動と傍観者効果の関係性について検討することを目的とした。具体的には、調査参加者が援助行動を行う際、傍観者が多い場合と少ない場合でどのような差が見られるかを検討した。また、調査参加者の責任感や自己顕示欲、運動能力の有無により、援助行動に影響を及ぼすか検討した。結果、傍観者人数が増えるごとに援助行動を起こす調査参加者の人数が減っていった。さらに、傍観者が多い条件においては自己顕示欲が高いと助ける意思の程度が下がる影響が見られた。
2種類の公正世界信念が加害者および有前科者への態度に与える影響についての検討
本研究では,内在的公正世界信念および究極的公正世界信念が,加害者および有前科者に対する態度に与える影響について,加害者の特性が異なる2つの事例を用いて検討した。結果として,内在的公正世界信念は,加害者および有前科者への態度に対して,事例や性別の違いによって異なる影響を与えていたのに対し,究極的公正世界信念は,事例や性別にかかわらず一貫した影響を与えていた。このような結果は,事例の内容や関係者の特性といった情報を,信念維持のために積極的に利用するか否かという,それぞれの公正世界信念の信念維持方略の違いによって生じると考えられた。